神流川を橋のある国道17号で渡り再び鳥川寄りの旧中山道にある新町宿を通過したが、埼玉県は鳥がらみの地名が多いと思う。
鳥川を渡り国道121の中山道で倉賀野宿に到着して、そのまま市街地である高崎宿まで走り抜けた。
高崎宿の君が代橋で再び鳥川を渡る。
君が代橋を渡るとは、中山道のこの橋は新元号への架け橋のようです。
この時点では2019年1月なので平成であり、新元号は未発表であった。
橋が複雑だった碓氷川を渡り、板鼻宿を通過して安中宿に到着した。
コケシさん達がお出迎えをしてくれました。安中宿は江戸時代のマラソンの発祥とも
2019年に侍マラソンという映画作品も上映されたそうです。途中にペコちゃんじゃない洋菓子屋さんがあったので購入したら
かなり美味しく、饅頭も美味しかった。この辺りからヒルクライムが続き本当の中山道への挑戦が始まった。
松井田宿を越えると、信越本線の線路を越えたり国道18号を越えたりと忙しくなる中山道で走り抜ける。
坂元宿の五料のお茶屋本陣に到着したが、閉館中で関所跡を見物した。
昼飯は試しに古い店に入ったら飲食にありがちな厨房のヤツの感じが悪く、まるで30年位前の客商売のダメな店に来たタイムスリップ感を味わった。
中山道はよく、此処に250年も茶屋があったんだという看板まであるが近代では飲食店の衰亡は短い期間なので歴史に残らない。
日本の高度成長期の店舗や民家の廃墟の多さを眺めるのも、中山道旅行のネガな一面である。
廃屋を撤去もしない諸行無常感が侘しいが。
日本は戦後から安い労働力を求め、馬からトラックへ物流が変わり労働者は男から女性の社会進出で少子高齢化で
2020オリンピック前なのに、不景気という行き詰まり感を感じさせる中山道沿い。
落ち込んでもしょうがないので碓氷鉄道文化むらを見学したら、以前列車のネームプレート等を盗んだ事件があり
その返却を求める張り紙が列車に掲示されていた。
更に落ち込んだじゃないか犯人よオレの気持ちをどうしてくれる。
などというオチを考えて、2019年1月で中山道自転車旅行は一時冬眠する事となります。
再開は暖かな5月のゴールデンウイークに決めました。