みらい三度笠の道中ブログ

みらい三度笠が道中をします。

イギリス スーツケースで自転車旅  UK道中記 未来三度笠 外伝 エディンバラとグラスゴー その1


ザ・東海道五十三次 徒歩道中 10年前の自転車道中映像も観れる!10年目の東海道トロいの膝栗毛その1 日本橋~大磯宿 歩く

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 イギリスと言えば江戸時代幕末ならなば、生麦事件、薩英戦争、薩英同盟、討幕、戊辰戦争など明治維新のきっかけを作り、現在の日本社会にも多大な影響を

残す。

しんどい歩き旅の三度飛脚の文化が衰退したのは欧州、イギリスの文明による文明開化の鉄道のお陰でもある。

私こと未来三度笠は欧州の中では、グレート・ブリテン及び北部アイルランド連合王国という名のイギリスには興味が無く欧州では好きな国ではなかった。

しかし、気が変わって見聞を広める為にもイギリスに行ったら一番気に入った国に

変わった。

エディンバラ、ウインダミア、ピーターラビット、コッツウオルズ、ヘンジストーン、ロンドンが目的地である。

まず購入したブリットレイルパスファーストクラスは、当時はキャンペーンで1日おまけになっていて得をした。

アーバスより自転車で走りたいが自分の自転車は、海外ではお荷物過ぎて途中で投げ捨てたくなるだろうから、

イギリスのレンタルサイクル店の場所と、走りたいルートの距離と標高差を調べて

今回は電車の乗り継ぎ時刻も間に合う様に、計算に入れてスーツケースの渡り鳥サイクリングをする事にした。

日本国内で宿の予約をして、ブリットレイルパス一等席の購入をしたが、この時は

サービス期間で1日分オマケで乗車出来てラッキーだった。

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初日早々、出国当日ブリティッシュエアウエーズの機体整備の都合で羽田で6時間ぐらい待たされたが、機内食は美味しかった。

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やっとエディンバラに着いたのは夜中だったので、ホテルにも結局入れず、イングランド入国早々夜のエジンバラに放り出された。

異世界イングランドに入国したら無双どころか、ホームレスの地位まで未来三度笠の身分が下がった。

危険が潜む初の異国の街を彷徨い、夜のマックはガードマンが警備をしていた。

観光自転車タクシーがヒィィハァァッ!と叫びノース橋を下りプリンシズ・ストリートへ攻めたコーナリングを3人乗りで暴走している。

若者は道路ででんぐり返しを続けている。

ここはキケンなのでエディンバラ・ヴェバリー駅に行くと、シャッターが閉まっており先客のバックパッカーが寝ていた。

未来三度笠の経験でも欧州では駅周辺も豹変する奴が多いのだ。ここも駄目だったので輩に徒党を組んで襲撃されないように姿を眩ます事も兼ねて、未来三度笠はエディンバラの暗闇を忍び索敵モードで夜のエジンバラ観光をするしかない。

全ては飛行機の遅延の所為だが。

まず夜のカールトンヒルは人目が届かないのでパスをして、ホリドール宮殿、スコットランド議会会館、エディンバラ城などの観光名所を未来三度笠がステルスモードで無観衆の観光地を見学をした得難い?体験をした。

夜の街の姿を眠さを堪えて楽しむ努力をした。とりあえず夜のエディンバラウオークで、イギリスの輩モンスターとのエンカウントも回避出来て無事にそして夜が明けた。
ここからは2日目としよう。もう一周朝のエディンバラの街を歩きカールトンヒルに登るとエディンバラの街を見下ろせた。

異国情緒と歴史を保存した街は輝いて見えた、苦労してでも来た甲斐があった。

未来三度笠にとって5月のイングランドの気候はなじむ、実になじむぞ。

未来三度笠の欧州の気候が合わない傾向を覆すのは、ここイギリスが島国だからではないかと思う。

昨夜泊まれなかった予約と支払い済み宿に行き、朝メシとシャワーを要求したがシャワーは断られたが返金差額は無し。

36時間以上風呂無しだったが、昨晩のマック以来の朝飯を宿で食らい、弾丸旅行なのでエディンバラ・ヴェバリー駅からグラスゴーに向かった。

グラスゴーは普通の街で商業が活発で、建物に巨大でリアルな絵をよく見かけた。歴史あるグラスゴー大聖堂を外から眺めた。

不思議の国のバートという漫画があるが、アリスの時計を持った白うさぎを追いかけるがごとく、乗り継ぎ時間に追われる未来三度笠はホームレスの身分からとんでもスキル、ブリットレイルパスファーストクラスを使いバージントレイン一等席に乗れる身分の未来三度笠卿にクラスチェンジをした!

異世界いや、イギリスで特急の中ならサンドイッチなどの軽食と飲み物をもらえる事だけは無双である。

しかし甘い菓子だらけの時もあり微妙な時もあった。オクセンホルム駅で乗り継ぎウインダミア駅に向かった。

中山道 自転車旅 みらい三度笠 令和元年五月 鳥居本宿~京都三条大橋 10日目 中山道踏破編

 


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みらい三度笠として今日が目的地の京都の三条大橋に到着する日だ。

早朝のネットカフェから、吉野屋の納豆朝食を食べて出発をしてすぐに高宮宿に到着した。

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むちんはしの橋の上から川を見下ろすと、犬上川が干上がっていた。

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中山道沿いの彦根市の市境においでやすと彫られた、江戸時代の旅姿の石像が3人高い位置に並んでいてカッコイイ。道中英雄像みたいだ。

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愛知川宿に入ると常夜灯が多く昔から住宅が多い。

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武左宿は象が江戸時代に来たと言う。

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飛ぶ如き速さの東海道新幹線の無機的なガードを潜り、中山道と交わる街道を抜ける。

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守山宿は都会なので交通量は激しく、みらい三度笠は結構安全に気を付けて走った。

草津宿はトンネルを抜けると東海道との合流地点で、以前の東海道五十三次自転車旅行の時から中山道トンネル周辺の工事が、続いていたが約2年前からやっと工事が終わって風景がスッキリした。

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瀬田唐橋を渡り琵琶湖を回り込む感じで大津宿塾に到着をした。

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この辺は以前の行った自転車のビワイチ旅行をを思い出す。

山科あたりで最後のヒルクライムが始まる。長い路面電車は江戸っ子のみらい三度笠には何時見ても未来都市の電車に見える。

そして京都三条大橋に到着をした。ほぼ江戸時代の道で中山道六十九次をみらい三度笠は

自転車で完走をした。

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その時偶然、快晴の青空にどこからか無数の風船が空高く舞い上がっていてた。

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中山道の完走を祝福されていると、勝手に我田引水して喜んだみらい三度笠であった。

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東海道五十三次に比べると、古の江戸時代の日本がひっそりと残っているので中山道の方が充実感があった。

山深い宿場に本当の日本の歴史を求める、欧米人が多く訪れる訳が分かる。

リニアが開業すれば10年後はもっと環境が変わるので、今のひっそりと残された歴史上の中山道を求めるのならば今かもしれない。

中山道の歴史は江戸時代から明治時代の歴史を残す。

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元号令和元年五月なので、京都御所に行きこの中山道中は本当の到着となった。

京都駅で令和記念カレーうどんを食べて、新幹線であの苦労が嘘のように簡単にみらい三度笠は東京に戻った。

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おしまい。

中山道 自転車旅 みらい三度笠 令和元年五月 9日目 太田宿~鳥居元宿


東海道五十三次 京街道五十七次 1 自転車旅 未来三度笠 日本橋~保土ヶ谷宿  令和2年1月2020年

中山道をちょこざいな甘口のルートではなく、本わさびのツーンときついが爽やかな江戸時代の

中山道ルートを最大限自転車で、生まれも育ちも江戸っ子のみらい三度笠が踏破する。

想像通りのハードな区間の古の道中を、追憶するが如く走る事は歴史を実感する

達成感があった。

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 太田宿からは舗装路の市街地となり電波が届くが、クマ対策のラジオはほぼ必要が無い。

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太田宿本陣門
木曽川
沿いの土手沿いの中山道を進み、

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国道207号線から高山本線沿いの坂祝町中山道の小道を登るが

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結局は高山本線中山道を塞ぎ、通れずに国道の207号線に降りてしまう。

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中山道のルートをマーキングしただけのサイクルナビでは、良いアプローチは分からない。

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(帰宅後、分断は国道からトンネルを抜けるルートがあると気が付いた)

未来三度笠は20分程タイムロスして、新鵜沼の住宅街から眺望の道という展望台のある公園の山道を登ることにした。

展望台までキツかったが、眺めはかなり良くて苦労が報われる。

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そこから下ると中山道の一里塚のうとう峠に復帰したが、ここは線路で分断されているので初見では理解しがたい地形だった。

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鵜沼宿

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中山道鵜沼宿町屋館を見学したのが、宿場の歴史を語る癖に歴史好きの来訪者には

感じの悪い。

特に男性職員。京都に近くなると宿場資料館の感じは悪くなる法則の理由が

最近分かった。

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まあ京都に近づいている事を、その態度で実感する。

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加納宿からは長く分岐の日吉の蛙を過ぎて

f:id:miraisandogasa:20201031231021j:plain長良川を渡ると河渡宿に到着した。

昼飯は江戸時代の道中の雰囲気を裏切る、喫茶店でカレーとパンケーキとコーヒーという、

未来茶屋でみらい三度笠は道中の食事にした。

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美江寺宿

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赤坂宿は東海道にも、同じ名前の宿場があったな。

f:id:miraisandogasa:20201031234502j:plain垂井宿

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そして天下分け目の関ヶ原宿到着した。

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日本の歴史上大きな出来事である壬申の乱関ヶ原の合戦の地が中山道上にあるというのも中山道はパワースポットだからか?

徳川家康最初陣後を眺めて戻ると、またパンクをしていたが最後のボンベを使い手早く空気を入れ

修理をした。

その後関ヶ原脇本陣などを見学して思うに他県を御国と呼び合い、戦までした約400年前は

今とは別の世界観の日本であり、国内の対立で各々が大義を掲げた戦の後に勝者が天下統一した。

平定後は約260年程江戸時代の平和が続いたのだから、これで良かったのだろう。

そこから移動して今須宿から平安な江戸の世の相原宿の寝物語の里の表記を眺め、そんな宿場だらけの、当時の江戸時代をタイムスリップをして見てみたいと思った。

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相原宿

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醒ヶ井宿で醤油屋の醤油アイスと甘酒でやっと本格的な休憩をした。町を流れる小川の花は5月だったので少ししか咲いていない。

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8月になれば色とりどりの花が、小川を彩るのだ。

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番場宿ではあたりも暗くなり始めたら、アナグマが長い顔で民家からノシノシ中山道へ歩いて来た。

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みらい三度笠に驚いて民家の奥に消えてしまったが、やはり一応クマに遭遇してしまったが

ラジオはもう使わない。

後日、アナグマは食べると美味しいらしいので、取って食えばよかった。ジビエみらい三度笠だ。

そして夜も更けた鳥居元宿に到着した。

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長旅でサドルと擦れていた股ずれが酷くなり、ペダルを漕ぐのが苦痛になったのでオロナインと晩飯を買い、店外の夜のイートインのテーブルで、買った総菜弁当を食べて晩飯にした。

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最終日の宿の予約は入れなかったのは、走れるだけ走行距離を稼ぎたかったので

何時でも泊まれるネットカフェ泊にした。

ネカフェは室内の空気が悪く、狭いフラット席は仮眠してもやや疲れが残る睡眠の質の悪さだが漫画やネット情報を得られる。

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結局、当時はアニメ化で流行る直前の鬼滅の刃の4巻まで読んで睡眠不足になったが、明日は

今までの道中より楽なままゴールの日である。

そうだ!京都いこう!この昔の国鉄cmのセリフを思い出しながら、この中山道中編もやっと

京都三条大橋で完結出来る。

この中山道中みらい三度笠日記終わらせないと、次のみらい三度笠の書きたいネタが書けない。 

 

 

 

中山道 自転車旅 みらい三度笠 令和元年五月 8日目 十三峠越え 馬籠宿~太田宿

自転車


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今日は楽しみにしていた中山道の難所である十三峠の石畳やダートを、

今までの25cロードタイヤと違い、700x32cのシクロクロスタイヤで、思う存分走破する事が出来る。

昨日、自炊した炊き込みご飯を朝飯と弁当にして馬籠宿を出発した。

予想通り交換したシクロクロスタイヤは舗装路では、抵抗が大きくアスファルトでは

スピードが乗らず、登りでは遅いので使いたくない。

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しかし、しばらく下り坂が続き落合の石畳では、今までのロードタイヤでの苦労が何だったんだ

と言う程の、ラクちんな走破性能だった。

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石畳のハンマーのような衝撃も、さすが32cのシクロタイヤだなんともないぜ!

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おかげで簡単に落合宿に到着した。今までの山岳部のロードタイヤが愚行だとよく分かった。

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文久元年1861年に皇女和宮の大通行時には、この落合宿に4日で約26000人も通過したので各家庭で、窯を炊き暖かい物でおもてなしをしたと言う。

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中津川宿に到着をして桂小五郎の隠れ家もを見学をした。

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隠し部屋がこの街の文化とは、忍者屋敷と言う事か。

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ここで和菓子を食べてエネルギーを補給してから、甚平坂を登るが未来三度笠の着ている甚平が脱ぎたくなる暑さになった。

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ヒルクライムの途中に私に対して何故か感じの悪い人が居た。私は甚平着用なのに!?

中山道中ですれ違う人々で、私の中山道の自転車旅行を否定的なのは大概は男性である。

素直に感心して応援するのは、だいたい旅行者も含めて女性で道中、結構食べ物を頂きました。

今後、中山道の古い案内道標などが更新されるか益々心配になる。

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f:id:miraisandogasa:20201029195708j:plain大井宿に到着し本日の難関、十三峠越えの始まりである。

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登り始めると、林道の入り口のど真ん中に部屋の飾りの鹿の首が土台付きで白骨化して転がっていた。

和田峠から二回目であるが、クマの危険性への警告を誰かがしているのだろうか。

私はクマよけにラジオを鳴らすが山深いので音声が出ず,UFOの宇宙人じみたノイズを大音量でまき散らす。

キャトルミューティレーションをクマが恐れるかは不明であるが、これしか方法は無い。

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しかし、シクロクロスの走破性は素晴らしく、疲れて苦痛でしかないロードタイヤでの岩場や石畳が楽しくてしょうがないが、調子に乗ると転倒して行動不能になりクマの餌にもなるので

油断禁物だ。

首無し地蔵という道中の安全祈願のお地蔵様を過ぎ、

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権現山一里塚では人の気配があり近くのゴルフ場の黄色いボールが転がっていた。

高い走破性のお陰で予想外に早く十三峠が終了をしたので、ダート区間が終わったと勘違いをした。

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ちなみに未来三度笠はハイカーと山道で、すれ違う時は自転車からほぼ下車しております。

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大湫宿の休憩所で接客してもらい、お茶を頂いた。

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ロード用サイクルラックがあり、十三峠を越えて用済みのシクロタイヤからロードタイヤに戻す作業がし易かった。

f:id:miraisandogasa:20210905124413j:plainチッソガスボンベで手早く空気を入れたが、TĪNのボンベの一本はガスが入っていなかったのでしょうがない、インフレーターで空気を手動で入れて、シクロクロスタイヤはすぐにここから郵便局で自宅へ郵送した。

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大湫宿神明神社の神明杉は樹齢約1300年で二つに分かれている。

その後に琵琶峠に向かい、中山道かえで街道を走るがまたダートコースになる。

シクロタイヤを25cのロードタイヤに戻してしまって後悔をした。

今から後半に疲労が激しくなっての、タイヤ交換はキツいのでまあ良しとしよう。

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しかし、琵琶峠はガッツリの石畳でロードタイヤを迎えてくれた。

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舗装路に戻りホッとした、細久手宿に到着した

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再び中山道の最後の未舗装ハイキングコースの御嶽宿に進みます。

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馬の水呑み場、など中山道を歩くと江戸時代は馬が当時は物流のトラックだと言う事が分かる。

駄馬と言うのは本来、荷物を運ぶ馬の意味で速く走らないだけで有益な馬の事だ。

駄賃も馬子が運搬仕事のついでにする小遣い稼ぎで、それ程に当時は馬との強い関わりを感じる中山道中だった。

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謡坂の石畳を過ぎ、牛の鼻かけ坂の先は最後の林道区間アスファルトの国道に合流する。

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今日もハードな道中だったが順調に日暮れ前に伏見宿に到着した。

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木曽川を渡り太田宿で宿泊地に到着した。

日も暮れたのでショッピングモールアピタの(2020年10月の現在はメガドンキ)、半額品で買い過ぎたが夕食にした。

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長々と続いた楽しい中山道中生活も、あと2日となるがこのまま旅をずっと続けたくなる。

 

中山道 自転車旅 みらい三度笠 令和元年五月 7日目 福島宿~馬籠宿

 山岳サイクリングが続く健康的な道中生活のお陰で、朝から調子が良く宮ノ越宿から宿を出発する。

朝からいきなり前タイヤのパンク修理から始まった。

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手早く修理をして出発して大きな関所の門が、国道にそびえる福島宿に到着した。

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ここは福島宿の本陣跡。丘の上の伝統を残す江戸時代の街並みは、用水路に奇麗な水が結構な勢いで流れていた。

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宿場ごとの本陣など史跡は道中必ずそれなりに探しています。

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廃線のトンネル

 

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これが中山道との事だが、この辺は中山道の一本棒の案内表示は国道に向いていない。おそらく車道側に旧道だと知らせて見せると、旧中山道に入ろうと急停車する車両が、追突事故を起こす危険が

あるので分かり辛くしたのではないだろうか。

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上松宿まで中山道中央本線の線路沿いを走るルートになる。

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電磁場が気になるが、舗装路なので走りやすい。

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f:id:miraisandogasa:20201029182808j:plain大桑宿の道の駅の米っ子大桑で昼飯にした。揚げ出し豆腐丼と五平餅食べたがここの五平餅も丸い団子2個だがとても美味しい。

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道の駅の建物にはツバメが大量に巣を作っており、あまり人間を恐れてない田舎の鳥はツバメもカラスも頭が丸くて可愛い。

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須原宿から野尻宿に向かう

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道中は建築現場の足場があるトンネルを通る。

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中山道
の人気の宿場の妻籠宿に到着をした。昨年休憩スペースだった場所は大量の人形の展示がされていた。

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ここからまた未舗装中山道を押したりして、走り今日の宿泊地の馬籠宿を目指すがクマよけの鐘が各所に設置されていた。

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この辺は欧米系の女性のハイカーも多いので、人気が無いわけではないがクマには油断は出来ない。

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林道の中山道を登り人気の馬籠宿の絶景に到着した。

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一安心してお土産も買ったが、リニアが開通すれば更に馬籠宿が人気スポットになるだろう。

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今回の中山道旅行で出発前に送った装備補給品のゆうパックを、この馬籠宿の局留めで受け取った。

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今までロードタイヤ700x25cでダートを耐えていたが、十三峠用に700x32cシクロクロスタイヤを送っていたのだ。

道中の自転車の積んで走る荷物として32cは、大きく重いのでこのような作戦にした。

強敵十三峠を本気で克服しなければならないので、この日も宿で風呂に入って飯食って

すぐ寝る生活が続きますが、こういう生活パターンじゃないと体力が持たない。

 

 

中山道 自転車旅 みらい三度笠 令和元年五月 6日目 岡谷宿から宮ノ越 中山道の中間点

 前日の雨が止み、最近のホテルの朝食バイキングは美味しく質が良く色々取り過ぎた。

諏訪湖を眺めて朝食を済ましてからいざ、中山道中に参る。

複雑な国道の合流地点の立体的な中山道を過ぎると、さっそく壁のような塩尻峠のかなり

急坂のヒルクライムだ。

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車も登る舗装路といえど、傾斜がキツ過ぎて途中から降りて自転車を押した。

油断していたいきなりの難所だったが、下りは楽でやっと塩尻宿に到着した。

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洗馬宿を過ぎ

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本山宿ではトンネル工事の真っ最中であったが、

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これより南木曽という看板もあり木曽路らしくなってきた。

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贄川宿を過ぎて進む。

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私は江戸時代の人々の中山道を正しく走る事が目的の自転車旅行なので、このブログは

民俗学歴史学の考証はメンドクサく学者ではないのでありません。ただ、旧道を道中をすると日本に散らばる歴史の意味が繋がりを持ち始め、新たな私独自の発見があったりもします。

それが楽しみだったりもします。

そして中山道の有名観光スポットの奈良井宿に到着しました。

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前回は車で夜でしたが昼間に来たのは初めてです。

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日本の原郷的な江戸時代の街並みの中の、蕎麦屋で昼食にしました。

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そばも美味しく五平餅は小判形ではなく、丸い形でしたが色々な形があるとのことでしたがごまダレが旨い。

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その奈良井宿の街はずれから、林道の鳥居峠を登りが始まる。

山道はちょっと見物の観光客も居るが、ここは欧米的な方が多く女性の方が多い。

ほぼヤングな方ではないですが、コンニチワと挨拶をしてくれるので三度笠、甚平姿の未来三度笠も日本語と英語で挨拶をし続けました。

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この先も中山道の中で道中の外国の女性と遭遇したが、かつて女人街道とも言われた中山道らしい

現象だと思った。

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クマよけに点在して設置されている鐘を鳴らしながら、鳥居峠の頂上のログハウス休憩所で一休みをした。

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少しは自転車も走りやすかったが、

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藪原宿まで林道を下り一般道の藪原宿に到着する。

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ここの一里塚にSLが展示されていた。

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宮ノ越宿
に着くと木曽義仲の記述が多くなり、この辺は5月でも雪で白く美しい南アルプスが目の前にそびえる。

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中央本線
原野駅付近にある、中山道中間点の看板は江戸と京都のど真ん中と言う事である。

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今日の宿はこの中間の地で体を休めて明日から、後半戦が始まるのだ。

晩飯にイノシシの焼き肉を食べた。やや臭みがあるが豚より噛み応えがあり旨味も強かった。

イノシシのとんかつが食べたいと思った。

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これでバッチリ栄養補給したので、明日は猪突猛進的に中山道の山岳ダートを駆け上がれるぞ。

 

中山道 自転車旅 みらい三度笠 令和元年五月 5日目 追分宿から岡谷宿

今日も元気ハツラツオロナミンc!で出発だが牛乳割は無いよな。

朝の追分宿のお宿を出発しようとしたら、前日のパンクが再発していたので新チューブに交換して出発した。

これからダートでパンクする率が上がるので、あと残り1本の予備チューブは大事にしたい。

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江戸時代の街並みを保存する長久保宿の、道路脇の水取場で給水をした。

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長久保宿の高札場跡

 浅井間の宿の酒蔵で歴史資料と美術館を見物した。 

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芦田宿を通過すると本日の未舗装路の笠取峠を、25cロードタイヤでチャレンジしたがここはそこそこのキツさ。

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学者村を越してもまたダートになったりして、長久保宿に到着した。

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ペダル回しまくりの運動生活は、何時も腹ペコなので信州ヒスイそばを食べた。

味はもちもちした麺が独特で美味しかった。

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これで和田峠ハンガーノック状態は無しで、走りきる事が出来る。

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和田宿は旅籠の姿を残す資料館があり、今回は旅籠に泊まれない私には旅籠に宿泊した気分を味わえた。

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この時、急に土砂降りの雨になったので雨が止むまでここで小休止をしたが、

和田峠越えを開始するには、夜になるぎりぎりの時間での再出発だった。

和田宿本陣は皇女和宮も泊まった。係りの方が案内をしてくれた。

f:id:miraisandogasa:20200927200654j:plain和田宿は太古から、良質の黒曜石の産地で日本三大産地であった。

黒曜石は狩猟に使う矢じりや、ナイフに加工して使っていた。

この黒曜石石器資料館は石器時代から、縄文時代の黒曜石の歴史が分かる。

日本の長野県地方の歴史、文化、信仰の原点を垣間見る事が出来る。

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雨の止んだ和田峠の未舗装路入り進むと何故か、シカの頭蓋らしきものが転がっていたが、人間の仕業かも。

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ラヂオを最大音量にするが、入るのはノイズのみでラジオがクマよけにならんかも。

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山岳登山道の登りを25cロードタイヤのシクロクロスで、乗ったり押したりしながら進むと

永代人馬施行所跡の藁ぶき屋根の建物があり、

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座敷にデフォルメのゴジラ人形が何故か置き去りにされていた。

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錆びて朽ち果てそうな中山道の案内看板を見ながら、かつての餅屋の場所を伝える看板も見かける。

途中で避難所という小屋も見たがボロボロの建物から、クマでも出てきそうで怖い。

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この辺は30年以上は、あまり本格的に和田峠への登山道へ手も入れられてい居ないようだ。

ロードタイヤでダートは走る時は、体重移動なども駆使してスピードをなるべく抑えパンクしないように瞬時に路面を選び、トラクションがかからずやや横滑りすることを前提で、コーナリングをするので大変疲れます。

 

小川の流れる直径2m程の下水菅みたいな長さの短いトンネルを潜り、国道を横切ってダートに戻る。

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そんな苦闘の末に、急に開けた和田峠への頂上に到着した。

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和田峠の頂上には顔をだしたモグラが作った小山が3個程あり、さすがに達成感があった。

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ここに和田峠の詳しいマップが郵便ポストにあったので、頂いたがこれのお陰でとても助かった。

下諏訪宿に下るのだが、登山道がグズグズの状態で降りて歩くの大変な状態のうえ、かつての階段らしき物を固定した

鉄骨が点々と残り、足を引っかけたりそれが怪我の原因になる凶器として埋まっていた。

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するとナビの女性のルート案内の声がこの時だけ壊れ、暴走したコンピューターの不気味な声でルート案内を話すようになってゾッとした。

誰も居ない山道の、おうまが刻である。

雲行きも怪しくなり、日も暮れそうなので何処まで江戸時代の道への意地を張るか考えながら先ほどのマップを見ると現在の位置から近い新和田峠トンネル諏訪出口あたりで国道に出ないと、

さらに約7kmもこの林道を、真の暗闇の山道を進むと言う事が判明した。

獣の気配も強くなり始めたので新和田峠トンネルで国道142の方に撤退した。

すると土砂降りの雨になりこの判断が正しかったが、路肩の無い国道142の大雨のダンヒルも車も自転車に容赦なく走るのでこれも命がけの行為であった。

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小雨になった下諏訪宿に着くとホッとした。ここが下諏訪宿本陣跡。

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私の好きな温泉街だが一度も温泉に入った事が無い。

この後、未来三度笠が中山道の接続部である甲州街道を旅した時に必ず下諏訪宿で、温泉に入ると決めた事を実行するのは、その2か月後であった。もうネタバレしてしまった。

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再び雨が降りずぶ濡れで夜の岡谷宿にたどり着き、ホテルで食事をして疲れを癒す風呂に入った。

今日も良い一日の運動で、すぐに眠りについた。