東海道五十三次 京街道五十七次 1 自転車旅 未来三度笠 日本橋~保土ヶ谷宿 令和2年1月
甲州街道に繋がる道の、2020年1月東海道五十三次・京街道五十七次の道Tubeも
ご覧下さい。
甲州街道こと江戸時代の道中を行く、甲州道中自転車旅の始まりです。
江戸っ子のみらい三度笠の少年時代に、サイクリングを趣味にし始めた頃から馴染み深い
甲州街道だが、当時は旧甲州街道の価値は分からなかったが、やっと今にして価値が分かり
江戸時代の甲州道中を、江戸から下諏訪まで完走する事にした。
しかし、こちらのはてなブログ以前のブログに掲示されていた、甲州道中2019年夏の写真がブログの引っ越しの時に、写真のファイルを削除してしまった。
日本橋から小原宿(こばらじゅく)までは、残念だが道中の写真無しと言う有様。
残念なので2021年3月に再び、自転車で馴染みの甲州街道を日本橋から府中宿までを走行をして、動画と写真の撮影をしてブログを補完してみました。
なので、文章は2019年の当時のままなので、2021年の写真とは
文章の内容が一致していなかったりしますが、あしからず。
相変わらず地図によるルート表示も無い、あいまいなブログです。
ここから2019年の甲州道中自転車旅の始まり。
日本橋から下諏訪宿まで、ネットで正確なルートを調べてナビにピンポイント入力で位置を把握し
た。
2019年の今回の甲州街道自転車道中の、ほんの2か月前に中山道を日本橋から京都三条大橋まで自転車で完走をしたが、その中山道中の甲州街道との合流地点が、甲州道中の起点の日本橋から完走地点の下諏訪宿でもある。
中山道中で入浴したかった下諏訪の温泉に浸かる事も今回の楽しみである。
甲州街道は五街道では一番最後の五番目に、元は古い甲州道を整備され作られた。
江戸時代の当初は甲州海道と呼ばれたが、海は無いので甲州道中が正式名称だった。
江戸の日本橋より下諏訪までの距離は53里2町23間(約208.5km)
45宿の宿場があった。
令和元年2019年七月の日本晴れの暑い日本橋を甲州街道の自転車道中をスタートした。
日本橋の南側に渡り呉服橋から現在の大丸側の東京駅八重洲口駅構内を通リ抜けて丸の内北口に抜ける。しかしみらい三度笠は自転車なので構内は通れないので八重洲口に駐輪をして駅構内区間は膝栗毛で歩いて道中となり、丸の内北口から再び八重洲口に戻り自転車で永代通りを通過で
丸の内北口へ。
これが江戸時代の甲州道中のルートだった。
新丸ビルから日比谷通リに出て、日比谷の交差点を曲がりパレスサイクルが開催されていた内堀から半蔵門に皇居の内掘りを登った。
この日は兎に角日差しが強く暑いので半蔵門の公園で給水をしていると、機材オタクのジョガーに
みらい三度笠の鋼の自転車を、値踏みして貶された。
自分に厳しいつもりのアスリート気取り程、甘えた考えの奴が多いと思うのだが。
江戸時代の甲州街道は現在は新宿通り沿いであるが、四ツ谷駅手前で右折して駅を越えてから外堀通りの四谷見附で再び戻る。
外堀通りとは江戸時代の防衛拠点の外堀で関所だと改めて再認識をした。
腹が減ったので四谷のうどん屋で香ばしい黒うどんを注文したが、香ばしいのではなくカレーの鍋底が焦げたカレー味だった。
焦げた物を出す駄目な店にうんざり続きで走り出した。
一番初めの宿場の内藤新宿に到着をした。日本橋より8km。甲州道中44宿で追加され45宿になった
一番新しい宿場だった。
四ツ谷四丁目の御苑トンネルの歩道にこんな看板があった。
参勤交代は三藩しか往来が無かったが、馬による物資の運搬が盛んだったので
歌川広重の絵も馬が題材だった。
新宿には大木戸があった。
現在のタワーだらけの魔戒都市新宿?に発展するとは、江戸時代の当時江戸っ子は知る由もなかっただろう。
この日の伊勢丹前はホコ天が開催中だったが、江戸時代の甲州街道は左折する。
現在の新宿南口陸橋を越えて、ファーストキッチンで右折して銀行の角に入り
KDDIビルに突き当たり左折してR20甲州街道を環八まで向かうのだ。
ほぼ江戸時代の甲州街道の史跡の無い道中で、初台から高速道路下を走行すると江戸風情のある
提灯屋がありました。
環七を越えてしばらくするといきなりパンクしたが、原因はフレンチバルブの栓が吹っ飛んで無くなった事だ。
みらい三度笠は近年あまり自転車に乗らなかったので、消耗品の更新をせず経年劣化が出やすく修理での時間の無駄が発生しやすい状況だと気が付いた。
路肩でパンク修理中に、道を挟んだ建物に軽トラで来た電気屋のオヤジが、単なるパンク修理に文句気味に話しかけ、人様の工具まで勝手に弄りだす変なオヤジだった。
甲州街道が頭上の高速道路の下から別れる直前に、一里塚の看板をやっと見つけることが出来た。
高井戸の一里塚跡と呼ばれ、日本橋から数えて四里目の榎の一里塚があった。
この付近で高井戸宿に入る。高井戸宿内で下高井戸宿、上高井戸宿、国領宿の
3宿に分かれ此処は下高井戸宿となる。
距離16km
環八を越えて甲州街道は現在の国道20号線から、江戸時代の旧甲州街道に分岐する。
旧道を進み再び現在の甲州街道い戻ると、仙川の一里塚跡がある。
現在の甲州街道から、瀧坂旧道に右に侵入してまたすぐに現在の甲州街道に戻る。
野川の流れる馬橋を渡る。
甲州道中に分かれる高井戸宿の国領宿に到着した。約23km走行した。
夏のキツイ日差しの暑さに耐えるのも限界なので、セブンのイートインコーナーで涼んで
水分補給をした。
現代の道中の茶屋で2019年の甲州街道自転車旅の、1日目の本日の踏破はこれで完了させた。