これから最終日までロンドンは、パディントンの宿に滞在する。
パディントンと言えば「こぐまのパディントン」が有名であるが、中山道赤坂宿の大垣共立銀行のキャラクターも
こぐまのパディントンであり、中山道の赤坂宿である大垣市とイギリスには歴史的に関わりがあるのだろうか。
そして日本の熊の、南方熊楠もロンドンに足跡を残している。
今回のイギリス旅行の直前に、上野国立博物館で見学をした「南方熊楠100年早かった智の人展」は面白かった。
アメリカ留学を退学になりイギリスに渡りロンドン滞在中に大英博物館の職員になったり、イギリスの科学誌ネイチャーに日本人最高回数の論文を発表している。
日露戦争での賠償金を日本が請求できなかったのが原因とも言われる、神社習合への反対運動で環境保護を訴えた熊楠。
知力行動力の優れた人物であるが、学歴社会では能力があろうと学位を取らなかった故にあまり日本では評価されていない。
以前から知っていたが、こんな桁外れな人物とは思わなかった。
酔っぱらいの研究ニートおじさんではなく、そのお陰で熊野古道は今も保全されたのだ。ウインダミアの自然保護運動をした
両氏はインプットした自然界の動植物の姿を細密な絵でアウトプットする。
その智の人の熊楠がロンドンを去り118年後に未来三度笠が、ロンドンノ観光をシェアサイクルで走り回る事となった。
パディントン駅に着いて、この宿は安かったがエレーベーター、クーラー、扇風機無しで自室4Fまで階段で登るとは知らない。
予約サイトに書いとけよ、5月の気温も暑く汗だくで大変だった。
夕飯を食べに街にレンタルサイクルで繰り出して、ロンドンで旨いというフィッシュアンド・チッップを食べたがイマイチだ。
コッツ・ウオルドのボードン・ウオーターサイクリングで食べたフィッシュアンド・アンドチップの方が安くて美味かった。
明日に備えて暑い部屋で寝ることにした。
翌朝、この宿は快適性が低いが、ブレックファーストは給仕のおばちゃん達がちゃんと用意をしてくれる。
今日は、レンタルサイクルで宿のあるパディントンから遠い、ロンドン塔に見学に行く途中に明日行く予定の大英博物館を通過した。
朝のラッシュと大規模な道路工事でロンドンの街は赤いロンドンバスが、連結された赤い山手線状態でノロノロ運転だった。
朝のロンドンは自転車が最速の移動手段ではないだろうか?レンタル自転車の奪い合いも朝がピークでぼろい自転車を選ばないようによく状態を確かめることが重要だった。これからレンタルサイクルスポットで乗り捨てで乗り継いでロンドンを駆け巡る。
ロンドン塔に到着をして、事前に日本でチケットを購入していたのでスムーズに入場した。
案内人の黒と赤い線の服のビーフイーターのおっさんが、集まった観光客に英語で話すと結構ウケていたが未来三度笠は
意味が分からないのでその場を離れ、ロンドン塔を見学をした。血まみれの歴史を感じない程の観光客の多さだったが
一人で夜は来たくは無いな。
見た事がある様な甲冑や馬の人形などを見るとこの城の運用自体、ベルセルクの元ネタだと分かった。
日本の戦国武者の鎧も展示されていたが、英国のフルプレートアーマーの展示場では貧相に見えた。
だが実戦で高温多湿の日本の環境で、フルプレートアーマーは即熱中症だ。
それを理解出来るここの見学者は少なそう。闘争に明け暮れるイングランドの歴史を知り来て良かった。
テムズ川に沿うように走りレンタル自転車で、マーケットではちみつやジャムの土産を買った。
タワーブリッジを渡りコカコーラ・ロンドンアイという大観覧車を見に行った。
アイスや土産物を買いつつ、テムズ川を橋で渡りテロの被害を修復してる黒焦げのビックベン・国会議事堂を見て思ったが
ロンドンはもはや住民もアメリカみたいな国レベルの銃社会と再認識させられた。
サラダボール国にどんな事態が発生するか分からず、用心しながらレンタル自転車を乗る事にした。
しかし楽しいロンドンであり、欧州では一番気に入った街だった。
次は明日の朝の衛兵交代見学の下見がてらに、バッキンガム宮殿に未来三度笠はペダルを漕いだ。
バッキンガム宮殿場所は把握したので、ジャパンセンターで和食の買い出しと日本食の夕飯を食べに行った。
イギリスの和食は高くて、店員の感じが悪いうえにチップという日本流とは思えない場合もある。
安い店にして、味に接客に期待をしなかったら味だけは結構普通の日本の和食だった。
もう未来三度笠は体質的に洋食は連続で食べられなくもう和食しか食べたくないので、日本から持ち込んだアルファ米と高野豆腐と
袋カップヌードルを使い果たす事にして、スーツケースのお土産のスペースを増やした。